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相沢は釣られて思ひ出したやうに愛想よく答へたが、その歩き出した足は家の方へではなく、馬の方に近づいて行くといきなり親しげに平手で軽く馬の首を叩いた。驚いたやうに二三度首を振つた馬は、すぐ目をつむつて、快げにその光沢のある首を伸ばしぢつと愛撫をうけた。相沢はふりかへつて房一を得意さうに眺めた。彼はさつきから、房一がこの馬に気をとられているのを、そして馬を見るときの房一の目が一種の特別な光りを帯びているのに気がついていたので、どうしてもかういふ光景を演じて見せたいといふ子供染みた欲望を押へることができなかつたのである。
と、道平は明かに盛子に気兼ねをしているらしかつた。
柳里恭りゅうりきょうの『雲萍雑志うんぴょうざっし』のうちに、こんな話がある。
盛子は時々半ば無意識に呟いた。
「あゝ、高間さんの奥さん。――さうですね」
それは、やつぱり何となく「役所」臭かつた。
「はい、若先生に代りに行つてもらへとおつしやいました」
「やっぱりチブスで?」
彼は、医師検定試験といふものが実際は医専を出ることなんかよりはるかにむつかしいものだと知つてはいたが、しかし、正規な教室で得るところのものは難易にかゝはらない何か別の正統さといつたやうなもの、より科学的な、――つまり、医者らしさだといふことを、心のどこかで信じていた。それが、房一には欠けている、といふ風に思はれた。
「それあ、あんた」
「おーい、火事はどこい行つたあ」こんな風に、口々に喚いていた。
「うん」