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「どうでせう。いつそあの障子も脇戸もとり払つて、曇り硝子に高間医院といふ字を抜きましてね、厚い二枚戸でも入れたら――」
かういふ目には、あの鬼倉との一件の後でも、多少会つていた。だが、その時も今も、房一は同じやうに何か尻ごみするやうな当惑に近い表情を浮かべ、なるべくその話から逃げるやうにしていた。その表情は、盛子の妊娠のときや道平の病気に際して現れたものに似て、何となく滑稽なところさへあつた。鬼倉の一件も、営林署の消防演習のことも、開業のはじめに彼が空想していたところのもの、あの町の人の心をしつかりと捉み、信頼させるといつた野心の点から云へば、巧まずしてその効果を果すものだと見做していゝ筈であつた。事実、さういふ様子は町の人の態度にはつきりと現れていた。あんなに大勢の人の目前で行はれたことであるのにかゝはらず、出張所で最初に口火を切つたのが神原喜作ではなくて房一であり、解決したのも房一だといふ風評さへ立つていたのである。無責任でもある代りに、どこか一脈の根柢あるかういふ風評は、今何となく房一を漠然と押し立てる方に働いている観があつた。ところが、どういふものか、房一はそれを避ける様子を示したばかりでなく、一種嫌悪の面持を見せた。
声をひそめて、富田が訊いた。
と、盛子は大げさに滑稽な顔をしてみせた。
房一はその時逸いち早く、横に寝かされている男の投げ出した手首に血がかすりついているのを、そして寝ながら立てている片足のズボンの膝のあたりにもどす黒い斑点の沁みているのを見てとつた。
二人は夜ふけの戸外に出て下手の渡船場の方へ路をとつた。月はなかつたが空は一面の星で外は案外に明かつた。房一は先に立つて河沿ひの土堤の上を歩いていた。夏の間に生ひ茂つた雑草が路が見えない位になつて、その葉先がうるさく彼等の足をこすつた。房一の手にしている自転車用の電燈の明りは雑草の頭を、時には横に外れて、うす暗い中にほの白く浮き上つて見える広い河原の上にたよりない光を投げた。房一は時々うしろをふりかへつて見た。老父は尻をはしよつて、黙つてうつむき加減に歩いていた。それは恐く小さい、又何となくかつちりしたものだつた。房一はあの日に焼けた真黒い膝小僧までがはつきり見えたやうな気がした。そして、そんなに小さい者としての感覚がありながら、同時に房一は子供の時分父親につれられてこんな夜路を歩いていたときの、父親が非常に巨おほきな身体をしていて、力もこの周囲をとりまいている夜の深い脅おびやかすやうな印象をふせぐには十分だと云ふあの子供つぽい切ないやうな信頼の感じ、それをまざまざと思ひ出していた。何かしら温い、何かしら幸福な感覚が深くまつすぐに房一の胸を走つた。この感覚は渡船場で針金についている綱をひつぱつて船をたぐり寄せたときにも、老父が船の後部に腰を下して、房一が慣れた手つきで綱をたぐりながら、黒い温かさうな水の上を渡つているときにも、房一の胸の中につゞいていた。実家について、老父や起き出た家の者に二言三言挨拶して、やがて房一一人でもとの路をかへつて来る頃、彼は又日頃の心の状態にかへつていた。そして、「医師高間房一」が彼の中で目覚めて来た。渡船場の黒い温かさうな水の色はさつきと同じやうに彼の眼の前で光つていた。たぐりよせる綱のさやさやと引擦り会ふ音はさつきと同じやうにあつた。彼はそれらに注意深く耳を傾け、眺めた。瀬の音が河下の方から鈍く匍はひ上つて来た。それにつれてかすかな震動があたりに響いているやうに思はれた。何を考へるともなく深い沈思の蔭で蔽はれていた彼の浅黒い顔に突然或る明い微笑が現はれた。彼はしつかりと足をふみしめるやうにして、土堤の上の路を、雑草の中を帰つて行つた。
だが、盛子の場合とちがつて、道平のそれはもつと重かつた、そして、もつと直接だつた。これが普通の患者に対するときだと、たゞ聴診器を持つて坐つただけでよかつた。何も考へないで、感じないで済んだ。ところが、道平を診るとなると、この医者らしさがどつかへふつ飛んでしまふのであつた。判断ができないわけではない、だが、判断以上の何かしら得体の知れないものが彼の自信を失はせるのだつた。できることなら、医者としてではなく、単に息子として父親の傍に坐つていたかつた。医者の仕事は誰か他の人に任せてしまひたかつた。
「お松ですか?お松は半之丞の子を生んでから、……」
六
「あ、ちがふ、ちがふ。さういふんぢやないんだよ。この辺へ来るわけぢやないよ。船は船だらうが、四国の松山といふ所へ収容所ができるらしいんだな。そこへ運ばれるんだ。――こんな所を通るわけぢやないよ」
根津が箱根における化物話は、それからそれへと伝わった。本人も自慢らしく吹聴していたので、友達らは皆その話を知っていた。
「あの人は来まいて」
暑さはもうなかつたが、生温いぬくもりが時々顔を打つた。房一は空腹を覚えた。それにぼんやりとした疲労があつた。道平が卒倒してからは、まだ一週間になるかならぬかであつた。だのに、もう半年も前から、こんな気忙きぜはしい状態がつゞいているやうに思はれた。